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土曜日
5292010

子離れ/親離れ(その四)

親離れしていない女性の型

共依存

大学院を卒業して研究職について数年立つ二十代後半の女性は、勤めている上司との人間関係の問題で来談した。上司は女性で神経質なタイプのようで、自分を嫌っているようだと言うのです。そこで、

 「どうして嫌われていると感じているのですか?」と聞くと、

 「イライラしていて、小さなことでも指摘するのです」と答えました。

 「それがどうして嫌われていることになるのですか?」と、さらに尋ねると、

 「私の後輩には余り注意しないし、何か笑顔さえ見せるのです」と言いました。

 彼女の高い学歴と今までの研究業績と比べて、彼女がいかに職場において幼稚な人間関係しか築けないかに驚きました。余りにもアンバランスなのです。

 一応の問題の概略を把握した後、育った家族の背景に入っていきました。両親について、子供時代の様子、あるいは、躾などについて尋ねました。

 特に、彼女は毎日のように母親に電話をすると言うのです。

 「どうして毎日のように電話するのですか?」

 「病気気味の父や結婚しないで家にいる姉のことが心配だからです。」

 「お母さんが毎日電話するのを期待しているのですか?」

 「そうだと思いますが、自然にそうしているような感じです。」

 「もし、何かの理由で電話できない時はどうですか。心配ですか?」

 「そうですね、一日ぐらいなら大丈夫ですが、三日以上ですと不安になります。」

 生育歴から分かったことは、父親は大学教員でしたがうつ病で今も薬を飲んでいます。更に、一番上の姉もうつ気味で、一家を支えてきたのが母親でした。クライアントの彼女は、成績もよく母親の話し相手にもなり、その家ではヒーローの役割を果たしてきたようです。そんなこともあって、母親は彼女を頼りにしてきたものですから、どんなことでも相談して決めてきたようです。彼女の方も母親が精神的に安定していなかったり、或いは、うまくいかないで機嫌が悪かったりすると気になってしようがないのです。自分が何か悪かったからではないかと責任を感じてしまうのです。

 ですから、彼女が母親に電話をするのは、家のことが心配だと言うのは間違いではないのですが、彼女自身の安心のためでもあったのです。つまり、彼女は母親のことが気になって、電話をして確認し、何ともないと彼女自身も安心できるのです。

 この母親との共依存的な関係が、上司の女性との関わりに投影されていたのです。この母親との共依存的関係が改善され自立していくプロセスで、上司を見る味方にも変化が出てきました。決して、自分を信頼していなかったのではなくなり、指摘されても以前のように個人的には取らなくなりました。

 

憎悪に燃える

 四十代の女性クライアントは摂食障害の過食と嘔吐を止めることができないということで来談しました。この女性クライアントは、結婚して十数年で、子どもも二人おり、夫とは特別な問題はないが、仕事が忙しいために十分なコミュニケーションができないことにフラストレーションが生じることがあるというのです。特に、夫との間に情緒的な交流がないようで、子育てのストレスは夫より友人に話すことが多いというのです。このような会話の中で感じたことは、このクライアントが余りにも周りの人々の言動に対する過敏さです。

 そこで、彼女の育った家族についてインフォメーションを集めて分かったことは、彼女は長女で絶えずいい子であり、結婚後も母親と緊密な連絡をとっていることです。母親は今でも彼女に相談したり、又、彼女も何かあると母親に話すのが自然になっているのです。

この辺から彼女の親離れがどうなっているかが気になりましたので、その点に焦点を合わせていくと、母親と自然に話すというのは、実は意識のうえだけであって、深層的には相当激しい抑圧した怒りが蓄積していたのです。子供時代の思い出として印象に残っているのは、友達の家に遊びに行ってみるとその友達が我儘のような欲求を平気で母親にねだる姿が羨ましかったことです。彼女は母親からの期待に応えなければという思いが強く、自分の気持ちを素直に出すことはできませんでした。彼女にとっての子供時代は寂しく、自分のことより母親の機嫌を損ねないようにと必至であったのです。それが今でも母親から電話をもらったり、又、自分でもかけたりすることで母親の機嫌を伺っていたことに気づき始めました。その辺から、母親の重圧の重さを意識するようになってから、抑圧されていた怒りを意識するようになったのです。それは、彼女の基本的な権利のようなものを奪われていたことに対する怒りなのです。

 この時点では、彼女はもう母親に対しては怒りに燃えるといった表現にぴったりするくらいの状態でした。このような怒りは、親離れしていないことの症状、いや親離れできない原因となっているといってよいでしょう。

 

相手をコントロール

 アメリカでもそうでしたが、カウンセリングに携わっていると不倫の問題で来談するクライアントが後を絶ちません。そのクライアントの多くは妻ですが、来談した時点では夫婦関係は泥沼の状態にまで悪化しています。又、ギャンブルの場合も同じようなコースを辿ります。問題が発覚後数か月か、それ以上経過していることが多いのですが、クライアントの妻の殆どは、心理的には不安と混乱、それに、絶望感に支配されています。行動的には、夫のカバンを盗み見したり、職場に電話をしたり、又、夫と向き合った時は、ネチネチと責めたり、わめいたりということをします。

 問題が分かった時にこのような態度や行動をするのは当然です。何ともないとするなら、夫婦には愛がないことでしょう。しかし、数ヶ月も経過しても同じような対応しかしていないとするなら、それはもう妻自身の問題でもあるのです。

 このような妻こそがコントロールの問題があるということです。つまり、相手を変えようとしているわけです。勿論、それで夫の不倫やギャンブルを止めさせられれば万万歳ですが、殆どの場合、成功しません。むしろ、妻のそのような態度や行動は、「内のやつどうしようもない」とか「だからそうするんだよ」と、夫に不倫やギャンブルに走る言い訳さえ与えることになるのです。つまり、結果として、彼らの問題行動の継続を助けることになるのです。   

親離れしていない女性は、たとえ距離的にはなれていても内面は親のコントロールのもとにありますから、親から離れて何か決断したり、行動したりする自由がないということです。それでは、このことと相手を変えようとする妻の行動とどのように重なるのでしょうか。

妻が夫を変えようとして泥沼状態になっているのは、妻が夫からコントロールされていて、何ら独自の行動や態度が取れない状態です。もし、親から自立しているなら、夫の心まで変えることができないことが分かるのです。しかし、自立していない状態とは、相手の支配下にあることですので、相手の問題行動を止めさせるまで安心できないのです。つまり相手をコントロールしないではいられないのです。